美味しそうな柿、食べてがいない

2016.11.29 20:15|昔むかし/子供のころ
   
 ちょっと、近くを一回りしたら、こんなに沢山の柿がとれた、カメラで。
 前に見たときより、赤味が増して、ほんとに美味しそうだが、誰も採って食べている様子はない。カキの数が減っているようには見えないから。
 ひと昔前なら、熟れるのを待ちかねて採って食べた。子供は他所のカキにまで手を出して、ちょっと怒られたりしたものだ。
 今じゃ、カラスも近寄らないみたいだ。カラスも田舎より街の方が美味しい食べ物にありつけるかもしれない。




むかしは、レンゲがいっぱいだった

2015.04.04 06:08|昔むかし/子供のころ

2014/3/26の記事を再度掲載しました。

ゲンゲはあまりなくて、タネツケバナなどが目立っている。 ゲンゲはあまりなくて、タネツケバナなどが目立っている。 このように、ゲンゲがいっぱい生えている田んぼは、今は珍しい。 このように、ゲンゲがいっぱい生えている田んぼは、今は珍しい。

 むかしは、田植え前の田んぼには、レンゲがいっぱいだった。
 それが、いつのころからかレンゲがあまり目立たなくなっています。
 原因は、除草剤かと思っていましたが、どうもそうではないらしいです。
 一つには、昔より田植えが早くなって、レンゲが実をつける前に、水を張って耕すのでタネがとれないというのです。
 レンゲは、地下の根に空気中の窒素を取り込んで貯めることができる。優秀な窒素肥料工場なわけです。
   しかし、化学肥料があるので、わざわざレンゲのタネを撒いたりするより、化学肥料を撒く方が手っ取り早いのです。

 むかしは、稲刈りあとの田んぼは子供の遊び場でした。稲の切り株に足をとられながらも走り回っていたもんです。
 大人もそんなのは叱らなかった。
 田植え前の田んぼには、レンゲの花が敷き詰められた、ふかふかの絨毯でした。
 この中に寝転ぶと、ひんやりして、気持ち良かったことを想い出します。

ビワ熟れたけど

2013.06.14 07:12|昔むかし/子供のころ
 歩いていても、車の車窓からも、良く熟れたビワの実が目につきます。今年は豊作かもしれません。
 子供のころ、つまり、65年ほど前のころは、ビワが熟れるのを待ちかねて、木に登って食べたものです。
 家の近くに、何本かビワの木があって、その一つは大木でした。これに登って、採っては食べ、採っては食べたものです。もし落ちたら大変なことになりますが、この木は粘りがあって、ポッキと枝が折れることはありません。

 今の子供はこのような楽しみは知らずに大人になる。ほかに面白いことがたくさんあるし、美味しいものも店で売っていますから。  

バショウ、 ジャパニーズ・バナナ

2013.01.24 06:03|昔むかし/子供のころ
 連日のように「この冬一番の寒さ」が続いているので、南向きの、日当たりの良い斜面を選んで歩いていたら、バショウ(芭蕉)に出会いました。
 葉は枯れていますが、果実が付いています。超小型とはいえ、バナナそっくりでして、同じ科で、近い植物であることがわかります。花序の元の方が雌花で、これが結実して、バナナになる。先端のフットボールような部分が雄花の花序になっています。一つの花序でいうと、雌花が先に咲いて、雄花は遅れて咲く理屈になっています。
 バショウは、英名で、ジャパニーズ・バナナと言うそうですが、こちらは、食べ物にはならないとのことです。今は、バナナは一番安い果物ですが、戦後は貴重品だった。でも、これを口にした記憶はありません。木の実、草の実、食べれるものは、なんでも見逃さなかった子供でも、これは食べなかった。

 バショウは、丈が大人の2倍、葉は、長さが1.5m、幅も50cmほどあります。ちょっとした木にも負けない大きさですが、木本ではなく、草本(多年草)とされます。 高知県植物誌には、バショウが載っていませんが、あまりに大きくて標本に採るのを諦めたのでしょうか。(シュロは載っている。)
 バショウは、中国原産だそうですが、大昔に日本へ伝わってきたのでしょう。「観賞用に植えられている」ものもあるようですが、私が、ここらで目にするのは、日常生活に欠かせないものとして、住居の近くで育てていたものです。あるいは、それが野生化したものです。
 子供のころ、バショウの葉を取りに行かされたものです。1枚の葉が、自分の背丈を越える大きさですから、子供には大仕事だったかも知れません。
 葉の使い道は、いろいろあったと思いますが、餅を蒸すとき、この葉を小さく切って包んでいました。美味しい餅(芋餅だったか?)の出来上がりが待ち遠しかったことが、バショウを見ると思い出されます。

シュロといえば、田植えのとき・・・

2013.01.22 07:28|昔むかし/子供のころ
 車で10分ほど行った、日当たりの良い山手を散歩していたら、シュロの木が3株生えていました。
 シュロは、成長するにしたがって、下の方の葉は落としていき、先端部の葉しか残っていません。葉の落ちた後に残るシュロ皮は、葉柄の付け根部分で、髪の毛のような細く、しなやかでな繊維が網目のように組み合わさってできています。これを引き剥がして、使っていました。
 庭の掃除に使う箒は、竹の役割でしたが、座敷用のは、シュロ皮でできていました。今の家庭でこれを使っているところは、まず、ないでしょう。室内では、箒そのものがお役ごめんになって、電気掃除機になっています。でも、今でも、古風で上品なお屋敷では、使っているかも。
 一昔前、シュロ縄はなくてはならない必需品でした。特に農家は、田植え時に水田に、シュロ縄を等間隔に平行に張ってから、イネの苗を植えていたものです。子供の私もシュロ縄の張る時の手伝いは、良くやらされました。これも今は、田植えを機械がやってくれますから、シュロ縄は要らなくなりました。
 縄といえば、稲藁でより合わせて作るのもありますが、これでは細いものはつくれませんし、水を吸うと重くなります。シュロ縄は、細くて腐りにくい。数年前まで、我が家には、役目を終えたシュロ縄が残っていました。
 今でも比較的使われているのは、束子(たわし)でしょうか。我が家にも、台所に1つ、屋外の洗い場に1つ、現役でがんばっています。
 シュロは、ヤシ科の植物です。自生しているのは、九州から南の、暖かいアジアだそうですが、栽培すれば北海道でも育つようです。私が見たシュロも先人が大切に植えたものの、子孫が野生化したものと思います。
 シュロの束子も、中国あたりで作られたものか、少なくても、材料は輸入したものではないか、と想像します。

葉良し花良し マンジュシャゲ

2013.01.02 07:59|昔むかし/子供のころ
上は今の姿、下はお彼岸のころ。 上は今の姿、下はお彼岸のころ。  お彼岸のころ、真っ赤な花を咲かすヒガンバナは今、濃い、つやつやの葉っぱで日光浴をしています。
 夜は、零下にもなる厳寒の冬は、草でも縮こまっているものが多いのに。
 昔の子供(私)は、このヒガンバナを葉っぱの上を滑り台代わりにして、滑って遊んだものです。傾斜が45度ぐらいの斜面に、ヒガンバナの葉っぱが敷き詰められていれば、最高です。
 今は、こんな場所は少ないでしょうね。あっても、こんな所じゃ遊ばないだろうな。遊園地へ行けば、安全・快適な滑り台があるし、他にも、もっと面白い遊びがあるし・・・

 秋の野を真っ赤に染める「赤い花なら曼珠沙華」。このときには、葉っぱは影も形もありません。「葉見ず花見ず」はこの花にピッタリです。
 この花には、中国から伝わったということですが、日本では、何か不吉な暗い名前が付けられています。別名の曼珠沙華とはサンスクリット語で「天上に咲く紅い花」という意味らしいです。これからは「マンジュシャゲ」を呼びましょう。
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Author: hisa
“ 梅雨時に逆さ傘 ”

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